鳥とめもないメモ帳

3歩歩いても忘れないために

インドア派でもアウトドア派でもない人がいるという話

私は、私自身のことをずっと、インドア派だと思っていた。しかし、いろんな人と接するうちに、どうやら私はインドアとは言えないのではないかと感じるようになった。かといって、アウトドアというわけでもない。アウトドアでサーフィンやらキャンプやらで騒いでる人たちとは話が合わないのだ。しかし、インドアで休日はずっと漫画読んでます、アニメ見てます、ゲームしてますという人とも、どうやら話が合わないらしいことがわかってきた。それはなぜなのか、考えてみたい。

なぜ私自身をインドア派と勘違いしていたか

まず、私自身がなぜインドア派だと思っていたかというと、以下の3点に要約される。

  • オタク的な趣味を持っている
  • スポーツが苦手である
  • 人付き合いが苦手である

したがって、いわゆるアウトドア派の人たちとは価値観が合わなかったから、私はインドア派なのだと思っていた。

純粋インドア派の特徴

しかし、どうやらインドアな人というのは、上の3要件以外にも特徴があることがわかってきた。その最大の特徴がこれだ。

  • なるべく家の外に出たくない

である。これについて、私は全く逆で、むしろ家の外に出て行っていろいろ見聞きすることに喜びを感じるタイプだった。だから、いわゆるインドア派の人とも話が噛み合わないことがしばしばあった。
私が仲間だと思っていたインドア派の人を、たとえば美術館に行かないか?と誘ったとしよう。そうすると、本物のインドア派(純粋インドア派とでも呼ぼう)の人は、その誘いを嫌がるのである。曰く、家でゆっくりしたい、と。私などは、美術館でゆっくりできるではないか?と思ってしまうが、どうやら家にいることに意味があるらしいことがわかってきた。

文化系アウトドア派(仮)

では私はアウトドア派なのか?と問われると、それは明確にノーである。ではなんと呼べばいいのか?ということを考えてみた。
というのも、私と同じような特徴、すなわち、「オタク的だが活動的な人」は、巷にたくさん存在するのだ。しかし、そのような人たちは、元来インドア派側に括られてきた。しかし、本物のインドア派(純粋インドア派)は少なくとも活動的とは言い難い部分がある。そして、私たちは勝手に仲間意識を押し付けて、純粋インドア派の人たちを、無理やり家の外に引きずり出そうとしてきた。もちろん、その試みは純粋インドア派の人たちには全く理解されない。こうして、お互いの友情に亀裂が入るのである。これもすべて、インドア派と一括りにして、インドア派は皆同じようなこと(ここでは、活動的に外に出ること)に喜びを感じる(少なくとも嫌がらない)と感じてしまっていたことが原因である。であれば、純粋インドア派ではないことがわかった今、私たちにはなんらかの名前を与えたほうが、失敗を少なくすることができるだろうと考えたわけだ。
しかし、妙案は浮かんでいない。
ひとまず私は、私のような人のことを、「文化系アウトドア派」と括ることにした。

これから

これまで、私はインドア派の人を一括りにして人付き合いをしていたが、これからは文化系アウトドア派の人を積極的に探していきたいと考えている。結局のところ、タイプが違う人間同士はなかなかうまくはいかないものである。これまで私はタイプの違う純粋インドア派の人と仲良くなろうとして失敗してきた。この気づきを得たことで、今後は、より自分に近い人を探しやすくなるだろうと思っている。
我こそは文化系アウトドア派だという人がいたら、ぜひ仲良くなりたい。仲良くなりましょう。

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